「古稀で歌手に」

歌というものをいつ意識したのかと考える。
母親の背中で母が歌う賛美歌だったようにも思うし、早春賦だったかもしれない。自分が人前で歌ったのは湯の町エレジーかあこがれのハワイ航路か、お富さんか。ナショナル(現パナソニック)の4球スーパーの真空管ラジオでもっぱら流行歌を聴いていた。

母親は歌が好きで、息子のぼくを音楽家にしたいと秘かに考えていたようだ。小学校5年生のとき、青森県の漁村の小さな学校でたった一人音楽の先生にピアノを習った。家での練習は紙の鍵盤。母親は「おまえの歌は流行歌みたいに小節が回るからだめだ」と嘆いていた。

ときどきステージで歌謡曲を歌っているなどといういまのぼくの姿を知ったら、きっとあの世で何たることと嘆いているに違いない。

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ステージで歌謡曲を歌う

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