「出会えた人出会えなかった人 五木寛之」

ぼくの青春時代にはあこがれの作家だった。「さらばモスクワ愚連隊」「蒼ざめた馬を見よ」「青春の門」最近では「親鸞」「大河の一滴」。考えてみれば一回り上の作家の著書を、毎年のように読んでいつの間にか50年は過ぎたということだろう。大物作家という雰囲気はまったくない。聞き上手でそれでいてよく話す。

この作家に会うときはいつも場所が決まっている。芝の東京プリンスホテル1階の正面を入って左側にあるティーサロン「ピカケ」。奥のコーナーで作家が座る椅子までいつも同じだ。

歌の大会を開こうなどということを具体的に考えたきっかけは五木寛之である。私が8年続けてきた報道番組に出てもらったとき、いま、歌が危機的状態にあるのではないか、という話を持ちかけた。「そう思われるなら動いてみたら。協力しますよ。」ということだった。それからいろいろ考えて「全日本B級歌謡選手権大会」、こういう大会を開きたいのです、と説明しに例の場所へ行った。B級グルメにひっかけて、有名ではないけど、A級よりずっとうまいぞ、という意味で、僕自身はすごく気にいっていた。「B級?」と首をかしげ、いろいろなところから寄付をあおぐとき、うちはB級ですかといわれるよ、と忠告された。その折、同行してくれた事務局の歌手八木重子が何かアイデアを出し、それに五木寛之が応じて、二人の合作が「全日本こころの歌謡選手権大会」だったのである。心が通う、と歌謡をかけたのである。「大会の会長をお願いします」「それはやれない。ぼくを単なるお飾りにして優勝者へのカップを手渡す役などやらせる気かい?」役職は何も受けないという。外にいて応援したほうが効果があるじゃないか。曲は何曲か書くよ、と申し出てくれた。5曲手元に届いたが、一人の作家で5曲をすべて課題曲にすることはできない。「ワイパーはまだ直さない」と「いま北国」の2曲を選んで課題曲にした。出来栄えに満足していただいているかどうか、恐ろしくてまだ伺えずにいる。

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