「課題曲 噫 西郷どん その2」

 鹿児島では西郷を「せご」と呼ぶ。したがって「せごどん」なのである。さてこの歌、作詞家本人はなかなか良い詞ができたと思っているが、だれに曲をつけてもらおうかと考えた。歌詞の内容からして演歌しかない。できれば演歌専門の作曲家でないほうがいいな、と考え、山崎ハコに電話した。シンガーソングライターのハコも演歌の曲は書いたことがないはずだ。ま、断るだろうな。ところが答えは「うん、おもしろそう、やってみる」。出来上がったと連絡があったとき、ハコの声ははずんでいた。「いやぁ、面白かった。歌いにくいように、いっぱい小節を回したから」。なるほどなかなか難しそうだ。だれが歌うか。これはという演歌歌手に次々と打診してみた。ともに大物演歌歌手である。一人は「人物をテーマにした歌はその人物に心酔していないと歌えません。西郷隆盛に関心がないので」と断ってきた。もう一人からは2週間ほど返事がこなかった。レコーディングの日は迫っている。「そうだあ、あいつがいる」と思いつき、電話した。関心がありそうだ。すぐに明日でも事務所へと声をかけた。「あいつ」、えひめ憲一である。船村徹の付き人時代に彼は「かめ」と呼ばれ「うちわ」のもう一人の付き人(村木弾でことしデビュー)と交代でつとめていた。

 事務所でハコが歌うデモテープを聴いてもらい、口ずさんでもらった。いけそうだ、ということになり、時間もないのでその場で決めた。えひめ憲一は母親にこのことを告げ、母親は大変喜んだという。あとで聞けば、本人が歌手を続けるかどうか悩んでいた時期だったらしい。吹き込み日が決まったその翌日だったか、えひめの母親が急死した。まだ59歳。歌手として大成するのを何よりも夢みていた母親である。涙をこらえて懸命に歌うえひめのレコーディングは鬼気迫るものがあった。棺にはレコーディングしたばかりのCDが入れられた。母親の代わりにいまおばあちゃんがえひめ憲一のマネージャー役をつとめている。80を過ぎてるおばあちゃん、会うたびどんどん若くなる。 

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