「課題曲 いま北国」

 作家五木寛之が提供してくれた詞で、作詞家としては演歌を書くときの「立原岬」になっている。この歌の作曲は何度も五木さんを訪問した際に同行してくれた野辺山翔。本来は作詞家として活躍中だが、この詞に曲をつけてみたいと名乗りでた。のびやかでいいメロディーができた。さて、だれに歌わせるか。五木寛之はこういう話をかつて僕にした。「いい詞ができたな、と思ってね、それで楽しみにしているとがっかりするような曲がついてくることがよくあるんですよ」。演歌の作曲家ではいま最高といわれる大物作曲家の名を出してみた。「あの人はねぇ、名前が偉大すぎていろいろ注文付けられないでしょう。それにもともと歌手だったからぼくの目の前でギターで歌ったりして、すごくいいな、と思っていると、歌手が吹き込むとよくないということがしょっちゅうなんですよ」と消極的。結局野辺山翔に頼んだが、問題はだれが歌うか。すぐに民謡の伊藤多喜雄の顔が浮かんだ。昔、早稲田大学の僕の授業でアカペラで木曽節を歌ってもらったことがある。そうだ、伊藤多喜雄だ、とすぐに五木さんに報告した。「イトウ?それは若手かね」「先生、イトウタキオですよ、民謡の」「えっ、あの伊藤多喜雄?へぇ、あなたも変わったこと考えるね」。いいとも悪いとも言わなかった。伊藤多喜雄には自分流に解釈してのびのびと歌って欲しい。ただ、冒頭に何か北のほうの民謡の一節を入れて欲しい、と注文した。民謡とは違い、歌謡曲である。伊藤は「こんなに苦労したことはなかった」と言った。苦労のしがいがあったということだろう。すばらしい、それでいてどこにもない曲に仕上がった。冒頭の民謡は北海道の「江差追分」の一節「どうせ往く人やらねばならぬ」が入った。五木さんには課題曲CDを送ったが、まだ感想を聞きに伺う勇気がなくてご無沙汰したままになっている。

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